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2019年度 中学卒業式 学年部長 挨拶

 中高一貫14期生の皆さん、卒業おめでとうございます。皆さんは高校に進学し、次に大学に進学し、社会人になります。その間、色々なことを経験し、経験を通して学び、自分自身を成長させていくと思います。そこで、今日は経験について話をします。私の若い頃の経験です。役に立つかは分かりませんが、5つの経験についてお話します。

 最初の経験は中高時代の部活動の経験です。私は部活動で野球をしていました。日々の練習は大変厳しく、練習の最後のベースランニングは格別でした。ベースランニングとは、全部員がホームベース付近に集まり、一人ずつ全速力で4つのベースを周回します。それを適当な間隔で5回行います。練習の最後の力を使い果たして立っているのが精いっぱいの状況で、余力を振り絞って行われるのです。心臓が爆発するのではないかと思うくらいでした。ある時、私はインチキをしました。5回走るところを誰も気づかないだろうと、間の2回を走ったふりをして走らなかったのです。同じように苦しい思いをしている仲間の中で、自分だけ逃げたのです。部活を引退した後、何年もたちましたが、厳しい練習に耐えた誇りやレギュラーで活躍した自信はいつの間にか消えて無くなりましたが、インチキをした経験だけが長い間心に残りました。自分には追い込まれた時、そこから逃げる弱さがある卑怯な人間だという思いがしこりのように残っているのです。他人はごまかせても自分自身をごまかすことはできません。恐ろしいものです。自分は弱く、卑怯な人間だというレッテルを払拭するためには、何かに打ち込み、自分自身よくやったと思えるほどの努力を積み上げるしかありません。だから自分の弱さを打ち消すために何でも頑張ってきました。私は人に勝る才能も能力もありませんが、人より少しだけ努力することはできます。その努力により色々なものを手にすることができました。なぜ努力できるのかと問われれば、自分は弱く卑怯な人間だからと答えるしかありません。つまり、あの時のグラウンドでのみじめな経験があったからこそ、努力できるようになったのです。もし、経験に良い経験と悪い経験があるとすれば、みじめな経験、思い出したくない経験、二度と繰り返したくない経験は悪い経験となるでしょう。しかし、そのような経験こそが自分自身を強くなるのではないでしょうか。それに立ち向かう勇気と正しい考え方があれば、悪い経験も役に立ちます。

 2つ目の経験は、大学時代、世界各国を旅行してまわった経験です。知らない国をまわり、日本では決して見ることができない人や物に出会い、多くの学びと気づきがありました。その中で最も自分を変えた学びは何かと思うと、旅行に出て日常生活から離れることで、それまで見過ごしてきた日常生活の中にある素晴らしいものや美しいものを再発見したことです。その世界は実に素晴らしいもので、日常生活の中で日々感動しながら生きています。自分の生活がとても豊かになったと思います。
 おかしいと思いませんか。世界を何万キロも歩いて、その結果、日常生活にたどり着いたのです。このことから私は2つのことを学びました。1つ目は、大事なことから離れる経験により、大事なことの本質が初めて理解できるということです。病気で入院してはじめて健康の重要性が分かる、家族から離れて初めて家族のありがたさが分かる、ということです。慣れてしまったこと、当たり前になっていることから離れることが大事だということです。2つ目は経験の結果、予測はつかないということです。私はアジア奥地や中南米を旅行した結果、毎日見ていた庭に咲いている草花の美しさに気が付くとは全く思っていませんでした。経験から何が生まれるのか、どのような学びや気づきがあるのかは、やってみないと分からないということです。だから、とにかくやってみることが大事だと思います。

 話を替えます。私の大学時代を思い出すと、楽しい思い出や友達と遊んだ思い出はありません。あるのは空腹と睡眠不足と疲労感だけです。いつも空腹でふらふらと世界の街を歩いていました。その反動で、社会人になると仕事にも励みましたが、遊びほうけていました。3つ目の経験はそのときのものです。遊びの中で、学校で勉強や部活に集中して取り組める環境に無かった人、暖かい家庭に恵まれなかった人に出会いました。それでも立派に生きている人もいましたし、自分の将来が今より良くなることはないという失望感の中で生きざるをえない悲しみを抱えた人もいました。今まで自分が歩いてきた道の路上にも沿道にも存在しなかった人たちとたくさん出会いました。その当時、こんな遊びは自分の将来にとって無意味で何の役にも立たないと思っていました。しかし、遊びの経験にも学びや自分を成長させるものがありました。一つの物差しで測れるほど人間は単純ではないということを知りました。また、色々な人を受け入れられるようになったとも思います。人の悲しみを少しは理解できるようになったとも思います。このことから私が学んだことは、若い頃の経験はすべて役に立つということです。無駄なことは何一つありません。一見すると無駄と思われることも学びや気づきがあります。将来、あの経験があったから今の自分があるのだと思えるときがきます。だから何でもやればいい。無駄だと思えることもやればいいと思います。

 私は若い時代、塾講師を務め、毎日受験指導に当たっていました。4つ目の経験はそのときのものです。当時、私は若く力も全くありませんでした。そんな自分でも、生徒や保護者は頼りにしてくれました。頼られることは嬉しいものです。その生徒のために頑張ろう、何としてでも成功に導いてあげようと思うものです。そのような思いから始まり、様々な経験をつむなかで、自分はこの生徒たちを死んでも合格させよう、この生徒たちのためなら死んでもいいと思うようになりました。これは本当です。このような気持ちで取り組めば失敗するはずはありません。毎年毎年おおむね成功しました。そうすると頼る人も増え、自分の力も高まり、いつの間にか予想だにしていなかったところに到達することができました。
 仕事をする上で大事なことは2つあると思います。1つは人から頼られる経験です。そしてもう1つは、自分のためでなく、頼ってくれた人のために働くという経験です。この2つの経験が自分の殻を破り、自分の力を引き上げ、可能性を広げてくれるのではないでしょうか。

 最後に、自分が最も大事だと思う経験について話します。私の過去を振り返ると、幼少の頃から社会人に至るまで、私を愛してくれた人、大事にしてくれた人、かわいがってくれた人の顔を思い浮かべることができます。人間誰しも生きていれば、もう限界だと思い、投げやりになることがあります。思うようにいかず自暴自棄になることもあります。道を踏み外しそうになることもあります。そんなとき思い出すのは、自分を愛してくれた人、かわいがってくれた人の顔です。彼らを裏切ってはいけない、自分を愛してくれた人を悲しませてはいけない、彼らが注いでくれた愛情を無駄にしてはいけないという思いで、踏みとどまることができました。人生のピンチを救ってくれるのは、愛された経験、大事にされた経験、かわいがってもらった経験です。だから皆さんもこのような経験を心の中に大事にしまっておいてください。

2020年3月14日 学年部長 下地 英樹