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須磨学園
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創立百周年記念式典 学園長式辞

 須磨学園の創立100周年を記念するこの機会に、創立準備期間を含めてこの100数年間に皆さんからの温かい多くのご支援、ご協力、また須磨学園卒業生、旧職員、旧役員など関係者各位の皆さんの真摯なご努力と健闘に、改めて心から深く感謝申し上げます。

 私が須磨学園に生まれましたのは66年前でございますが、24年前に須磨学園に戻ってまいりました。この24年間に起こったことはいろんなことがありましたが、そのいろんなことの原点は、当時自分が感じた反発というのが全ての始まりでございます。須磨学園の高校の隣に私どもの生家がございますが、毎日通学時に当時の在校生2000人以上の女子高校生と行き交わなければならない、それが嫌でした。私にとっての共学の学校にしたいという原点であります。
 22年前に須磨学園の校長に着任をいたしました時に、私学連合会にご挨拶に伺いました。その時に私は甲陽学院と神戸女学院を足したような学校にしたいと申し上げました。ご対応された方々が、何を馬鹿なことを言っておると、お𠮟りを受けるよりもお笑いになられました。その時の悔しさ、悲しさがいい学校にしたいというエネルギーでありました。
 学校の会議で「修学旅行は世界一周にしたい」と言いましたら、教員は誰も賛成はしてくれませんでした。賛成をしてくれたのは、理事長だけでした。また、「to be myself,…、PM、TMを全校生徒に対して教えたい」と言った時に、「頭の賢い子にはそんなものはいらない」と言われました。制パソコン・制携帯、グループウェア、パソコンオタクの私にとっては、当たり前のことでございますが、「やりすぎ」とたくさんの人に言われました。また、「6年一貫教育をしたい」と言った時に、いろんなところから反対をされて、何年も待たされることになりました。夙川中学校・高等学校をお引き受けする際に、理事会で大反対を受けました。理事長は「やっていい」と言ってくれましたけども、あまりの反対で、私は恥ずかしいことですが、皆の前で泣いてしまったのです。
 しかし、先程のご挨拶を申し上げた妹・理事長と私はこの20何年間、あらゆる場面で共に歩んでくることができました。理事長は1番上におりますので、誰も褒めてくれないわけですが、ここで皆さん、大変厚かましいお願いですが、20何年間の健闘に対して、理事長に拍手をいただけませんでしょうか。
(割れるような大拍手)
 ありがとうございました。

 昨日までのことはこれくらいにして、今日のことを申し上げたいと思います。私が朝思ったことは1つだけであります。それは、感謝であります。身内のことに感謝をしたいというのは、ちょっとおこがましいわけでありますが、以下創設者の祖母の西田のぶに感謝したいと思います。また、祖父・西田音吉にも感謝したいと思います。西田音吉の教員としての立派な実践がなければ、須磨学園を建てる時に、瀧川学園の創業者からの援助は受けられなかったと思っております。また、西田のぶの弟の大叔父・野木勇に、歴史に表立っては出てまいりませんが、大叔父・野木勇の妻であった野木明子に、それから西田のぶの長男であった西田正に、また西田正の妻であった西田美枝子に。私は西田美枝子先生に子どもの時から本当に可愛がってもらい育ちました。また、野木明子先生にも可愛がってもらって育ってまいりました。最後に父と母に、西邦大に西都に、心からの感謝を申したいと思います。それに加えて子どもの頃にお世話になった須磨女子高等学校のたくさんの先生、特に本日ご出席いただいた新垣サチ先生、本当にありがとうございました。
 また、3万人の卒業生とその保護者に、1800人の在校生とその保護者に、今須磨学園におられる教職員の皆さんに心からありがとうと申し上げたいと思います。 最後にたくさん、たくさんの補助金をくださいました兵庫県に神戸市に、また日本の国に、学園は私立学校として創立以来多くの補助金を政府や兵庫県をはじめ、諸機関、諸団体からいただいてまいりました。このことに関しても、重ねて厚く御礼申し上げます。

 明日のことについてですが、創立100周年にあたる2022年には共学24期生と中高一貫16期生、19期生がそれぞれ夢を抱いて須磨学園にやってまいりました。この学園に集う生徒たちが中学高校の課程を修了して、どのような進学をし、どう社会の役に立っていくのかについて、須磨教育の在り方は問われていると思い、毎年祈るような身の引き締まる気持ちであります。受験以外にも頑張る受験校、それが私の考える須磨学園の理想です。そのために、いくつかのことを私のテーマとしてこれからも取り組んでいきたいと存じます。
 1つ目は、リーダーシップ教育です。ボーイスカウト活動を中心に据えて展開してまいります。
 また、20年もやっていると古くなってまいりましたto be myself,…のPM・TMですが、「to be myself,…2.0」ということで新しいプロセスを付け加えて、そのプロセスのこと「ドリカム」と言いたいと思います。「ドリカム」とは何か、「Dreams come true」。「夢が実現すること」。
 あと、物化生が大学の受験科目でありますけども、それに加えて、地学を中心に、物理、化学、生物、地学で理科全体を再編成する。受験もするし、大学に入ってからでもいろんな教育に対応できるような理科にする。
 また、同じことを社会、地歴公民に対しても考えてまいりたいと思います。
 それから、今日のお祝いのスピーチをアメリカのビル・ゲイツさんからいただいておりますけども、スピーチで言うのは忘れたと、スピーチには入っていない、ビル・ゲイツさんの100周年のお祝いがあります。それは、私が会ってお話したときに「何か欲しい?」と聞かれて「ビデオが欲しい」と言ったんですね。そしたら「それだけでいいのか?」と言うから、言ったことは「プールを改修したい」と。須磨学園には50mプールと飛び込み台があります。飛び込みプールは、ちょうどオリンピック候補の生徒が在学しておりますので、あのプールから飛び込んで金メダルを獲ったということを、在学中にぜひ実現したいと考えております。それで、ビル・ゲイツさんにお願いをしました。プールを改修して、新須磨プールではなくですね、温泉プールにして、「須磨温泉プールにしてくれ」と頼みました。9時まで学校で勉強して温泉に入って家に帰ろうということでございます。諸君らが、在校している間に須磨温泉は開業すると、ご期待ください。
 それから、お米とかインスタントおにぎりとかお水とか地震に備えた備蓄。須磨学園で少なくとも1週間、自家発電も含めて、かけこもっても大丈夫なような地震のための備蓄の補強を成し遂げたいと思います。
 あと、学校としては2つ。
 1つは通信教育制のオンラインの高校。
 もう1つは、理事長の長年の夢でもありますが、須磨学園アメリカ校をオープンしたいと考えております。私はシアトルと言っておりますが、理事長はサンフランシスコで日本人学校の教員をしていたサンフランシスコがいいと言っておりますが。シアトルとサンフランシスコの中間地点はポートランドというど田舎で、そこは難しいかなと考えております。

 次の100年は可能かどうか考える時に、人が入れ替わることで組織は永遠に続いていくと考え、これからも優秀な人材を積極的に須磨学園に迎えていきたいと思っています。今後も学園自身が自ら学び、自らを変革し、新しい学園に生まれ変わっていくことが我々に求められている一番大きな課題であると肝に銘じ、教職員一同気持ちを改にして全力をあげて取り組んでまいる所存です。皆さんもよろしくお願いいたします。

令和四年十月二十六日 学園長 西 和彦